「怖がらないで美羽。嫌なことはしないから。座っていい?」「ど、どうぞ」緊張しながらコーヒーを出した。ソファー座っている大くんの目の前にテーブルを挟んで腰を降ろす。何を話せばいいのだろうか。大くんは何を伝えたくてわざわざこんな深夜に訪ねてきたのかな。二人を包み込む空気は張り詰めていて重い。大くんが動き出したから、警戒して見ていると、バッグの中から何かを大事そうに出してテーブルに置いた。なんだろうと思って見ると、花のしおり。「はな……」久しぶりに「はな」に会えた気がして熱いものが込み上げてくる。思わず抱きしめた。「ごめんな…………」切ない声でつぶやいた大くんのお詫びの言葉には、色んな意味が込められているように聞こえる。子供の形見だと知っての謝罪。もう、私を愛せないとのお詫び。そんな風に聞こえたのは気のせいじゃないよね。今日、来てくれたからって期待をしては駄目なんだよね。「美羽と会うことができたら何から話せばいいんだろうって、ずっと考えてたんだ」すごく優しい声で言葉を紡いでいる大くんを、そっと見る。「真里奈さんに偶然会って、いろいろと事実を知ったよ。子供は堕ろしたんじゃないんだな。……産もうとしてくれてたんだってね」もう真実を知ってしまっている大くんに、隠すことは何もない。「うん……。大くんのこと、大好きだったから……どうしても、産みたかったの」クスっと切なげに笑われる。「過去形?」現在進行形と言ったところで、私と大くんの関係は変わるのだろうか。「事務所に送ってきた手紙には偽りはないの?」「あれは社長さんに、書けと言われたの。大くんの将来を台無しにするなと言われて……」言いづらいけどすべて言ってしまった。大くんの成功のため身を引こうと過去に決意したのに、いいのかなと迷いはあった。「社長らしいな」「実家に社長さんと、COLORのメンバーが実家に来て、赤ちゃんを産まないようにお願いされたの」「そっか。じゃあ、二人にも会ったことがあったんだね」うんとうなずいた。「才能の芽を私が潰してしまうなんてことできなかった。大くんが才能に溢れているのは、近くにいて痛いほどわかっていたから……。何度も会いに行こうって思ったけど、離れることを選んだの。憎まれ役でいいって決意したの」鼻を啜って涙を流すまいと耐えつつ、話を続ける
「どうして、迎えに来てくれなかったの? もしも……大くんが来てくれたら駆け落ちするくらい覚悟はできていたんだよ」今更、責めてはいけないことなのだろうけど、思いが溢れてしまって聞かずにはいられなかった。大くんは眉の間に皺を寄せて、小さなため息をついた。「やっぱり、聞かされてなかったんだな。行ったよ。美羽のアパートに行ったら誰も住んでいなくて、実家に行ったんだ。でも、美羽は出掛けていてお母さんが対応してくれたんだ。美羽のお母さんは……堕ろしたと俺に言った。その時はいろいろと頭の中も混乱していて……裏切られたと思った。どうして美羽を信じ抜いてあげられなかったんだろう。愚かだった。ごめん」まさか、大くんが実家に来ていたなんて知らなかった。お母さんは大くんと私を近づけたくなかったのだろう。あの状況だったから、お母さんの気持ちはわかるけど、せめて家に来てくれたことを知りたかった。そうすればもっと心を軽くして、生きていけたかもしれない。「大くんは……あの時、本気で赤ちゃんを産んで欲しかった?」「当たり前だろ。俺と大好きな女の子供だったんだから」「そう。それを聞いてはなも喜んでいると思うよ。パパとママに愛されてたんだって自信を持ってくれたかな」立ち上がってベッドルームの方へ向かった私は「はなのお供えコーナーがあるの」と言って大くんを手招きした。はなのしおりを定位置に置くと、私は手を合わせる。ふと視線を感じて振り返ると、大くんは今にも泣きそうな切ない表情で私を見ていた。「……こうやってずっと……、手を合わせてたのか?」「うん。生まれていたらもう、十歳。きっといい子に育って可愛い子だったんだろうな。一緒に料理したり買い物をしたり。十歳なら、お洒落にも興味を持ちはじめるだろうから、ファッション誌を一緒に読んだりして、あーだこーだ話してさ。はなに、会いたかったな……」この世の中にいないし、きっとはなはどこかで新たな生を受けて生まれ変わっている気がしたけど、絶対に忘れられない。いつも生まれていたらって想像してしまう。「会えない間、辛い思いをさせてごめんな。本当にごめんなさい。許してほしい。一生かけて償うから」「そんな、謝らないで。お互い様だよ。大くんだって辛かったんだよね? もう、過去のことだから……ね。気にしないで」そう。過去のことなんだからお互いに
「美羽」「ん?」真剣に見つめられるから、動揺してしまう。どうしてそんなに熱を帯びた目で見てくるの……?「もう一度、俺の彼女になってもらえませんか?」「え」唐突な告白に驚いて目を丸くしてしまう。もしも……傷つけた過去の償いで付き合おうと考えるなら、やめてほしい。もっと深いところで傷ついてしまいそうだから。「美羽」あまりにも切ない声で名前を呼ばれるから、甘くて切ない感情が心に広がった。「何言ってるの? だって熱愛報道が出ているじゃない。モデルさんだっけ? 美男美女カップルでお似合いだと思うけど」ギロッと睨んでくる大くんから、怒りの気配が感じられる。図星だったから言葉に詰まっているのだろうか。「美羽は俺のこともう好きじゃないの?」「十年も前の話……だよ」過去をずっと引きずったままだったけれどあえて強がってみせる。久しぶりに会って過去を鮮明に思い出し、大くんは一時的な感情で告白してきたのかもしれない。ライブの後で打ち上げもあって精神状態が普通じゃないのかもしれない。きっと酔っ払っているんだ。「酔った勢いで言わないでよ。びっくりしちゃうじゃない」リビングの明かりが差し込んでいる寝室。薄暗い部屋にベッドと男女が二人。このまま流れでそういう関係になるのは嫌。私はリビングに戻ってカーペットに座った。ゆっくりと追いかけてきた大くんは、私の目の前に来てしゃがんだ。そして、手をぎゅっとつかんで大くんの左胸に手のひらを添えられた。ドクン、ドクンと激しく動いている鼓動がわかる。昔よりも逞しくなっている胸板に触れた手のひらは、だんだんと熱くなって汗をかいてしまう。「本気なんだけど。めちゃくちゃ心臓が暴れてるのわかるだろ?」五十センチほどの近い距離で視線を合わせられると、私の思考は正しく動かなくなる。テレビでよく見ている綺麗な顔が目の前にあって、頭の中が整理できない。私が大くんを好きとか嫌いとかの感情で分類する前に、芸能人としてのオーラがありすぎてめまいを起こしそうになる。「芸能人……が、いる」やっと絞り出せた言葉は、意味不明だった。「は?」
十年ぶりのプライベートでの至近距離に心と頭は大パニックを起こしてしまったのかもしれない。涙がポロポロ落ちてくる。私もCOLORのコンサートでアドレナリンが過剰に出てしまったのかもしれない。明らかにテンションがおかしいと自分でも感じている。「あのさ、俺は俺なんだけど……」「ぅ、ううっ。無理っ。怖い」「うーん……」明らかに困った表情の大くんは、手をそっと離してくれた。そして、親指で涙を拭ってくれる。優しい手つきにドキッとしてしまう。「泣かないで」甘い声で私をなだめるように言ってくれる。見つめた瞳は太陽のように温かい。「……ごめんなさい」「じゃあさ、友達からどう?」「友達……?」「時間ある時は会って食事したりしよう。それで距離を縮めていこうよ。俺も……いろいろと不安だし。あ、ちなみに熱愛報道は誤解だから。テレビや雑誌の言うことを鵜呑みにしないでくれない?」「え……あ、うん」大くんは私の隣であぐらをかいて、クスクスと笑っている。「誕生日がきて二十九歳になったんでしょ、美羽。スーツ着ている時はOLって感じで大人な女って思ったんだけど、プライベートで会うと美羽は昔のままだ。変わってなくて安心した」柔らかい表情を見ていると涙が落ち着いて、冷静さを取り戻す。大くんも昔と同じ。何も変わっていない。ただ、芸能人として成功したオーラはすごい。本人は気がついていないだろうけど。二人きりの空間。この空気感が懐かしくて、柔らかい気持ちになる。「眠い。寝てもいい?」「……ちょっと待って。お友達の関係でお泊りはおかしいんじゃない?」「手、出さなきゃいいじゃん」昔から大くんはマイペースだった。こんな流れで家に遊びに来ることが多くなったのだ。「じゃあ、恋人が異性の友人の家に泊まったらどう思う?」質問を投げかける。「それは無理。でも、今は完全にフリーだし」「そういう問題じゃないよ……」「美羽はいるの? 特定の男?」まっすぐ見つめられるので目のやり場に困った。「いるわけないでしょ」「俺と別れてから何人の男と触れ合った?」「は?」大くんは何人の女性と……そういうことをしたのだろう。お腹の底から嫉妬心が沸き上がってくる。私の大くんじゃないのに――。「俺以外の男が、美羽に触れたなんて考えたくないな」小さな声でつぶやいた。「なんで何も
大くんは私をじっと見つめてくる。だから、ついつい口から言葉がこぼれた。「……大くん以外、ないよ」一瞬、空気が止まったかのように、酸素濃度が薄くなって息苦しくなる――。「そうなんだ。ふーん」「……私は、簡単に誰とでもする女じゃないの……。って、もう二十九歳なのにね。笑えるでしょう? 交際もしなかった」「そんなことないよ。そうやってピュアで一途なところが、俺は好きだったよ」好きって言われるたびに、心地よい胸の高鳴りに支配される。目を丸くしていると、頭を撫でてくれた。「安心して。ね、美羽。襲わないから。ちょっと眠らせてね」ころんと横になった大くんは、私の太ももを枕にして、甘えてくる。温かい重みが心地いいから、強引に引き剥がせなくて戸惑ってしまう。このまま、時が止まってしまえばいいのに。「美羽の太もも気持ちいい……。ずっと、そばにいたい」甘えてくれる大くんにキュンキュンしていたのは、秘密。冷静なふりをしていたら、スースーと寝息が聞こえてきた。どうやら、本気で眠りに入ってしまったみたい。風邪をひかせてはいけないから、そっと頭を下ろして掛け布団を持ってきた。気持ちよさそうに眠っていて、安心している子供のような寝顔。綺麗な唇に整った顔……。ゴツゴツしているけど、綺麗な指が目に入り。その指に翻弄されていた甘いひとときを思い出して、一人頬を熱くしている。もう一度、大くんと恋愛をしても……いいのかな。こうやって会いに来てくれるということは、私を好きでいてくれてるの?それとも、過去が懐かしいのかな……。なかなか眠れなくて大くんの寝顔を朝方まで見つめていた。ふっと気がつくとベッドの上にいた。背中に人の体温を感じ、後ろから抱きしめられていることがわかった。大くんは添い寝して頭を撫でてくれている。心臓の鼓動がおかしくなる。耳が熱い……。息を潜めて眠ったふりをした。部屋はもう明るい。休みだからまだ眠っていてもいいのだけど、落ち着かない。「美羽。また来るからね」眠っていると思ったのか、大くんは優しい声でつぶやいてベッドから降りた。今日も仕事があるのだろうか。昔も眠っている私を起こさないように、そっと家を出て行ったことを思い出し、泣きそうになる。起き上がった。「大くん、お仕事?」驚いた顔をして私を見つめた大くんは「うん」と言って
第三章 体が熱くなってくるのは、アルコールのせい『今晩、歌番組に出るから、時間があれば見てね』金曜日、仕事を終えたのは十九時。今から家に戻ったらギリギリ間に合うかもしれない。大くんからのメールが届いたスマホをそっとデスクに置いた。家に突然訪れた日から一週間、毎日メールを送ってくれる。スマホに新着メールがあるかチェックするのが楽しみになりつつある私は、まるで好きな人からのメッセージを待っているピュアな女子高生のようだ。「終ったの?」千奈津が声をかけてきた。「うん。千奈津、今日は随分可愛い格好してるね」「ああ、うん」顔を赤くしてデートなんだ、と小さな声で教えた千奈津は、なんだか可愛い。好きな人と堂々と外を歩けるなんて羨ましい。そんなことを思いながら私は家に戻ったのだった。家に帰り慌ててテレビをつけると、番組はすでにはじまっていた。まだCOLORの出番ではないようだ。夕食を摂るのも忘れて画面に釘付けになって、大くんの姿を探していることに気がついてハッとした。やっぱり、私は大くんを愛しているのだと実感してしまう。そして、今度はいつ会えるのだろうかと、ついつい考えてしまうのだ。COLORが登場して名司会者とトークをし、曲紹介をされて歌い出す。仕事モードの甘いマスクをして歌っている大くんもいいけど、プライベートでの大くんのあどけないところも大好き……。なんて素敵なんだろうと惚れ惚れしている自分に、情けない気持ちになった。他の誰かと比べるのはあまり良くないことだけど、千奈津は今頃デートをしているのに、私は芸能人を見てはしゃいでいるいちファンにしか過ぎない。もう、二十九歳なのに何やってるんだろう……。もうそろそろ身を固めたいのに、恋心は一人勝手に動き出す。テレビ番組が終わってから一時間後、大くんから電話が来た。『美羽。見てくれた?』「うん。いい曲だったね」『ほんと? ありがとう。……あのさ、美味しい赤ワインもらったんだけど呑まない?』「いいね」『……今から、行くわ』「え?」
『お願い。美羽に会いたくてたまらないんだ。待ってて。一緒にお酒呑もう』来ると言ったら絶対に来る。大くんは自分の言ったことを曲げないところがあるのだ。突然のことだったので動揺したけれど会えると思ったら嬉しくて私は急いで部屋を片付けた。「わ、こんなに買ってきたの?」チーズやら生ハムやらいろいろとワインに合いそうなものを買って来てくれた。「腹減ってさー」目が合うとニコッと笑ってくれる。さっきまでテレビに出ていた人が目の前にいるなんて、不思議な気分だ。「さ、食おう」「うん。あ、ワイングラスなんて無いな……。どうしよう」「いいよ。普通のコップで」「色気なくてごめんね」「気にしないさ。美羽と酒を呑めるだけで、俺は幸せだよ」くさいセリフなのに、大くんが言うと様になる。私と大くんはソファーに並んで座って、コップに注がれた赤いワインで乾杯する。「あ、美味しい」「美羽も酒の味がわかるほど、大人になったんだな」「うん」ゆっくり流れる優しくて温かい時間だ。大くんと一緒にいると幸せだと感じる。もっと、もっと、そばにいたい。ちらっと大くんの方を見ると目が合った。黒く光っている瞳に見つめられるだけで、溶かされてしまいそうな気持ちになる。この胸の高鳴りをどうやって落ち着かせたらいいのかな。「ね、美羽。キスしようか」「は……い?」顔が近づいてきて、髪の毛に手が差し込まれる。そして、私を引き寄せると、チュッと優しくキスをしてきた。逃げなきゃ……って思うのに、体は言うことをきかない。だんだんと体が熱くなってくるのは、アルコールのせいだよね?唇が離れたかと思うとくっついてきて、唇を挟むようなキスをしたじっと見つめられ、濡れた唇を親指でそっと撫でてくる。「美羽。逃げないんだね」「……逃げられるわけないでしょ」「どうして?」大くんは意地悪だ。私の気持ちはお見通しだろうに。そんな気持ちを込めて睨むと、大くんはとても優しい顔をした。「今度は、何があっても離さない。だから」「大くん。駄目だよ。結ばれる運命なら、きっと過去にも結ばれていたはずだし。赤ちゃんも産まれてくる運命ならここにいたはずだよ」「じゃあ、運命が決まっているとしたら変えてやればいいじゃん。これからの未来は二人で決めていくべきだと思う」ちょっとだけ強い口調で言った大くんは、私を抱きし
+「なんか、最近綺麗になった?」千奈津がランチ中に言ってきた。社員食堂は今日も混んでいたけど、窓際の席をゲットすることができた。「そ、そうかな……」定食の白身フライをサクッと音を立てて食べる。十二月になり、街はクリスマスムードなのだけど、大くんはクリスマス特番の収録があってかなり忙しいらしい。「彼氏ができたら教えてよね」「あ、うん」「まさか、杉野マネージャーじゃないよね?」「ないよ。尊敬する上司止まりかな」ハッキリした口調で言うと「尊敬されて上司として嬉しいよ」と噂をしていた杉野マネージャーが後ろから言ってきた。たまたま話をしているタイミングでランチに来たらしい。聞かれてしまって恥ずかしく顔が熱くなる。「あ、俺にも男ができたら教えろよ? 上司として助言してやる」クスっと笑ってトレーを持ちながら去って行く杉野マネージャー。千奈津は「ウケるね」と笑っていた。大くんともなかなかうまくやっているし、職場でも仕事や人間関係もいい感じだ。きっと、これからもいいことが続くって信じよう。仕事に戻り合鍵のことを考えていた。あまり料理は得意じゃないけど……手料理を作りに行こうかな。今日は大くんが司会をやっている番組の収録があると言っていた。帰りは二十三時過ぎるみたいだから、着替えを買って泊まっちゃおうかな。いきなりそんなことしたら大胆すぎる?でも、なるべく離れたくないし、近くにいさせてほしい……。仕事を終えると真っ直ぐデパートに行って、安くて会社に着ていけそうな服を買った。そして温かいものを食べてほしくて豚汁を作ることにした。大くんのマンションへははじめて訪れる。携帯のナビで歩いて行くと高級そうなマンションばかりが建っているところにたどり着いた。背の高いマンションを見上げる。すごいところに住んでるんだなー……。なんか、来ちゃいけなかった気がしてくる。でも、勇気を出して入ろうとした時、タクシーが止まった。中から降りてきたのはなななななんと、宇多寧々さんだ。大くんと噂になっている美人なモデルさん。もしかして、大くんに会いに来たのだろうか……。オドオドしてはいけないと思いつつ、その場から動けないでいると寧々さんが近づいてきた。「あなた……」意味深な声で言われた気がしたけど、気のせいだろう。寧々さんは、私にまっすぐと視線を向けて
「じゃあ、まず成人」赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。「……俺は、作詞作曲……やりたい」「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」社長は優しい顔をして聞いていた。「リュウジは?」社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」「いいじゃないかしら」最後に全員の視線がこちらを向いた。「大は?」みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。「俳優……かな」「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。「映画監督兼俳優の仕事。しかもで新人の俳優を起用するようで面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」社長が質問に答えると赤坂は感心したように頷く。「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。ずっと私から彼女は俺らのことを思ってくれている。芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとすればお腹が大きくなってきているので動きがゆっくりだ。ドアが開くと彼は近づいてきて私のことを抱きしめる。「先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「給食食べる?」「あまり食欲ないから作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであんまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくて思わず作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。「イチゴだ!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べて、子供の話をしていた。その後、ソファーに並んで座った。大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「元気に生まれてくるんだぞ」優しい顔でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくるとは思わなかったのだ。「名前……どうしようかなって考えてるの」「そうだな」「はなにしようかなと思ったけれど……『はな』は『はな』なんだよ。お腹の中の赤ちゃんははなの代わりじゃない」大くんは納得したように頷いていた。「それはそうだよな」「画数とかも気になるしいい名前がないか考えてみるね」「ありがとう。俺
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたことが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった 。しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。あまり落ち込まないようにしよう。大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。食事は、軽めのものを用意しておいた。入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。いつも帰りが遅いので平気。私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。
赤坂side「話って何?」俺は、結婚の許可を取るために、大澤社長と二人で完全個室制の居酒屋に来ていた。大澤社長が不思議そうな表情をして俺のことを見ている。COLORは一定のファンは獲得しているが、大樹が結婚したことで離れてしまった人々もいる。人気商売だから仕方がないことではあるが、俺は一人の人間としてあいつに幸せになってもらいたいと思った。それは俺も黒柳も同じこと。愛する人ができたら結婚したいと思うのは普通のことなのだ。しかし立て続けに言われてしまえば社長は頭を抱えてしまうかもしれない。でもいつまでも逃げてるわけにはいかないので俺は勇気を出して口を開いた。「……結婚したいと思っているんだ」「え?」「もう……今すぐにでも結婚したい」唐突に言うと大澤社長は困ったような表情をした。ビールを一口呑んで気持ちを落ち着かせているようにも見える。「大樹が結婚したばかりなのよ。全員が結婚してしまったらアイドルなんて続けていけないと思う」「わかってる」だからといっていつまでも久実を待たせておくわけにはいかないのだ。俺たちの仕事は応援してくれるファンがいて成り立つものであるけれど、何を差し置いても一人の女性を愛していきたいと思ってしまった。「解散したとするじゃない? そうしたらあなたたちはどうやって食べていくの? 好きな女性を守るためには仕事をしていかなきゃいけないのよ」「……」社長の言う通りだ。かなりの貯金はあるが、仕事は続けていかなければならない。俺に仕事がなければ久実の両親も心配するだろう。